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東京地方裁判所 昭和38年(ヨ)2115号 判決

申請人 三浦敏夫

被申請人 松下電器産業株式会社

主文

申請人の申請を棄却する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

申請代理人は、「申請人が被申請人の従業員の地位を有することを仮りに定める。」との判決を求め、被申請代理人は主文同旨の判決を求めた。

二、申請の理由

申請代理人は、次のとおり述べた。

(一)  被申請人は、電気器具の製造販売を業とする株式会社であり、申請人は、昭和三五年三月三〇日被申請人に雇傭され、被申請人のステレオ事業部東京工場(以下東京工場という)に勤務していたものである。

(二)  しかるに、被申請人は、申請人が被申請人の従業員の地位にあることを争い、従業員としての取扱いをしていない。

(三)  よつて、申請人は、被申請人に対し従業員の地位にあることの確認を求める本案訴訟を提起すべくその準備中であるが、申請人は、賃金を唯一の生活手段とする労働者であつて、現在賃金の支払いがなく、本案判決の確定を待つていては、回復し難い損害を蒙むるおそれがある。

よつて本申請におよんだ。

三、申請の理由に対する認否ならびに反論

被申請代理人は、次のとおり述べた。

(一)  認否

申請の理由(一)、(二)を認める。

(二)  反論

申請人は、昭和三七年一〇月一三日、東京工場製造課作業場内において、作業時間中の他の職場に立入り、当該職場の責任者瀬野時雄の退去命令に正当な理由なく従わず、却つて同人を殴打し且つ足で蹴るという暴行を加え、全治約一週間を要する上口唇打撲裂傷を負わせ、従業員としての体面を著るしく汚した。

右の申請人の行為は、社員就業規則一〇〇条一項一一、一三号に該当するので、被申請人は、申請人に対し同年一一月一二日到達の書面で解雇の意思表示をしたものである。

よつて、本申請は理由がない。

四、被申請人主張の解雇および解雇理由(右三の(二))に対する認否ならびに反論

申請代理人は、次のとおり述べた。

(一)  認否

被申請人が申請人に対し、社員就業規則一〇〇条一項一一、一三号に該当する事実があるとして昭和三七年一一月一二日到達の書面で解雇の意思表示をしたことを認め、その余は否認する。

(二)  反論

本件解雇の意思表示は、次の理由により無効である。

(1)  解雇権の濫用

イ、申請人は、被申請人主張のように、瀬野時雄に対し暴行を加えたり、その退去命令を正当な理由なく拒否したりしたことはない。従つて、本件解雇の意思表示は、存在しない事実を存在するものとして行われたものであるから、解雇権の濫用であつて無効である。

ロ、仮りに、右のような事実が存在したとしても、昭和三七年一〇月一五日、被申請人は申請人に対し三日間の出勤停止処分に付したから、本件解雇の意思表示は、同一行為に対する二重の処分であり、解雇権の濫用であつて無効である。

(2)  不当労働行為

申請人は、昭和三五年六月松下電器産業労働組合に加入し、昭和三六年八月に同組合東京支部(以下東京支部組合という)教育委員、昭和三七年八月に東京支部組合支部委員となり、組合活動に従事してきた。特に、同年九月、東京工場長が、東京支部組合に対し、右東京工場従業員約二〇名の配置転換を含む合理化案を提示し、労使関係が緊迫化した際は、申請人は右合理化案に対する東京支部組合首脳部の態度、対策案を組合員に伝達、周知せしめるなどの活動を活発に展開した。本件解雇の意思表示は、申請人の以上のような組合活動を嫌悪し、しかも忠実な組合活動家を企業から排除することにより東京支部組合の運営に支配介入する意思でなされたものであるから、労働組合法七条一、三号によつて無効である。

五、申請人主張の解雇無効理由(右四の(二))に対する認否

被申請代理人は、次のとおり述べた。

(一)  解雇権の濫用に関する主張はすべて否認する。

(二)  不当労働行為に関する主張につき、申請人が松下電器産業労働組合に加入し、昭和三七年八月以降は、東京支部組合支部委員であつたこと、同年九月、東京工場長が、東京支部組合に対し、申請人主張のような合理化案を提示したこと、はいずれも認めるが、申請人の組合活動の内容は不知、その余の主張はいずれも否認する。

六、証拠〈省略〉

理由

一、申請の理由(一)、および被申請人が申請人に対し、昭和三七年一一月一二日到達の書面で解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、右解雇の意思表示が有効か否か判断する。

(一)  解雇理由の存否について

証人瀬野時雄の証言の一部、および同証言により成立を認めうる疎乙八号証、証人直原カツエ、同飯岡茂、同斉藤恭一郎の各証言、申請人三浦敏夫本人の供述を総合すれば、申請人は、昭和三七年一〇月一三日、東京工場製造課第一作業所内において、第一班A組所属の直原カツエ(当時山本カツエ)が作業中の防音室内に立入り、A組長瀬野時雄から退去方を求められたがこれに従わず、強く立退方を要求されるや、いきなり同人の顔面を手拳で殴打し、反射的に殴り返した同人に対し、さらに手拳で顔面を殴打したり、足で蹴るという暴行を加え、全治約一週間を要する上口唇打撲裂傷を負わせたことが認められる。証人瀬野時雄の証言中右認定に反する部分は採用しない。

そして、証人瀬野時雄の証言、申請人三浦敏夫本人の供述によれば、申請人は右第一作業所第一班B組に所属していたから、瀬野時雄は、申請人の直接の上司ではないが、同人より従業員としての地位が高く、A組長としてA組の責任者であること、申請人が防音室に立入つたのは職務上の必要によつてではなく、東京支部組合の組合活動のためであること、がそれぞれ認められるから、申請人としては右瀬野時雄の退去要求を拒否し得べき理由はなく、また前記瀬野が申請人を反射的に殴り返した事実があること前示のとおりであるとはいえ、前認定のような申請人の暴行におよんだ経緯、態様を総合的に観察すると、単なるけんかをもつて目すべきではなく前記瀬野時雄に対する申請人の一方的な暴行と認めざるをえず、しかも右暴行により申請人は、従業員としての体面を著るしく汚したといわなければならない。

ところで、成立に争いがない疎乙二号証によれば、解雇事由として被申請会社の就業規則一〇〇条一項一一号には、「暴行、脅迫その他の不法行為をして著るしく社員としての体面を汚したとき」、同項一三号には、「正当な事由なく職務上の指示命令に従わなかつたとき」、同項一四号には、「その他前各号に準ずる程度の行為があつたとき」とそれぞれ規定されていることが明らかである。従つて、申請人の右行為は就業規則一〇〇条一項一一号に該当することは、上記認定の事実から明らかである。また、前認定のように、瀬野時雄は申請人に対し指揮監督権を有する直接の上司ではないから、瀬野時雄の退去要求が就業規則一〇〇条一項一三号の「職務上の指示命令」に該当するか否かの点に疑問があるが、少くともそれに準ずるものとして、同項一四号に該当すべきことは疑の余地がない。それ故申請人の前記不退去及び暴行が被申請会社の就業規則に定める解雇理由に該当するという被申請人の主張は理由がある。

(二)  解雇無効理由の存否について

(1)  解雇権の濫用について

イ、先ず、申請人は、被申請人主張のような解雇事由は存在しないから、本件解雇の意思表示は解雇権の濫用であり無効であると主張するが、右解雇事由の存在することは前記認定のとおりであるから、申請人の主張は採用できない。

ロ、次に、申請人は、被申請人は申請人の本件不退去、暴行行為につき、三日間の出勤停止処分に付したうえ、さらに解雇の意思表示を行つたもので、右意思表示は同一行為に対する二重の処分であり、解雇権の濫用であると主張するので、この点を検討するに、成立に争いがない疎甲二一号証、証人中島吉春、同中沢良一、同竹田正の各証言、申請人三浦敏夫本人の供述によれば、被申請会社ステレオ事業部東京工場長代理中島吉春は、昭和三七年一〇月一五日、申請人の前記行為につき三日間の出勤停止処分に付する旨を前記東京支部組合に通告したこと及び同日申請人は直属上司である直原第一班長から三日間の出勤停止処分を言渡されたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかし、右中島東京工場長代理又は直原班長がこのような権限を有していたと認むべき証拠はないのみならず、却つて、疎乙二号証、成立に争いがない同三号証、証人田中雅次の証言、および同証言により成立を認めうる疎乙一五号証、証人和泉真弘の証言を総合すれば、被申請会社の従業員は、その就業規則四九条一項により、正社員と臨時社員に区分され、さらに正社員は社員、社員補、准社員に区分されること、申請人は准社員であること、被申請会社作成の「社員就業規則疑義解釈集」により、准社員に対する出勤停止の懲戒権は、事業部長かあるいは営業所長が有するとされていること、東京工場はステレオ事業部に属し、且つ、営業所ではないこと、がそれぞれ認められるから、申請人に対する出勤停止の懲戒権は、ステレオ事業部長がこれを有するものと解するほかなく、中島東京工場長代理や直原班長には前記のような権限はないものと断じなければならない。しかも、証人田中雅次、同西村憲二の各証言、申請人三浦敏夫本人の供述によれば、申請人は前記通告、言渡の後も、就業時間中に就業規則を読まされたり、始末書を書かされたりしたことはあつても、積極的に就労を拒否されたとか、賃金が差引かれたという事実がないことを認めることができる。以上を総合して考えれば、中島東京工場長代理らが、前示の如き通告、言渡をしたので、申請人あるいは東京支部組合に対し、本件行為については既に出勤停止処分が行われたという印象を与えたことは否定できないが、右は中島工場長代理らの越権行為でその効がないのみならず、事実上も申請人主張のような出勤停止処分は現実に行われなかつたものといわざるをえず、右処分の行われたことを前提とする申請人の二重処分の主張はその前提を欠く点において失当として排斥を免れない。よつて、二重処分を理由とする解雇権の濫用の主張も理由がない。

(2)  不当労働行為について

申請人は、本件解雇の意思表示は、申請人の組合活動を嫌悪し、東京支部組合に支配介入する意思でなされたものであると主張する。申請人が、松下電器産業労働組合に加入し、東京支部組合支部委員をしていたことは当事者間に争いがなく、申請人三浦敏夫本人の供述によれば、支部委員とは、職場を単位として選出され、組合執行委員会や三役の決定、指令などを各組合員に伝達、周知せしめる役割を担当するものであることが認められる。そして、昭和三七年九月、中島東京工場長代理が、東京支部組合に対し、同工場従業員約二〇名の配置転換を含む合理化案を提示したことは当事者間に争いがなく、証人中沢良一、同竹田正の各証言、申請人三浦敏夫本人の供述によれば、右合理化案をめぐつて労使関係がかなり緊迫し、申請人の瀬野時雄に対する暴行も、右合理化案に対する東京支部組合執行委員会の決定を、組合員に伝達、周知せしめる際に起つたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかしながら、前記認定のように、申請人は、組合三役あるいは執行委員など、組合の指導的立場にいたわけではなく、また、被申請人の注目をひくような特に目立つた組合活動をしたと認むべき証拠も、被申請人において、特に申請人の組合活動に注目し、あるいはそれに強い関心を抱いていたと認めるに足る証拠もない。従つて、本件解雇の意思表示が、申請人の組合活動を嫌悪してなされたとか、申請人を企業から排除することにより、東京支部組合に支配介入しようとして行われたという申請人の主張は、到底認めることができない。よつて、不当労働行為の主張も採用し難い。

(三)  結論

以上認定したところによれば、申請人には、一方において就業規則に定める解雇事由が存するのみならず、他方申請人主張のような解雇無効の理由が存しないのであつて、結局本件解雇の意思表示は有効であると解するほかなく、しかも右解雇は労働者である申請人の責に帰すべき事由にもとづくものというべきであるから、申請人と被申請人の間の雇傭契約関係は、解雇の意思表示が申請人に到達した日である昭和三七年一一月一二日限り終了したものというべきである。

三、よつて、申請人の本件仮処分申請は失当として棄却し、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 西村四郎 石田穣)

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